金融リテラシー

なぜ貯金だけでは危険なのか?インフレと資産防衛の基礎知識

これまで多くの方の家計診断や資産形成のご相談を受ける中で、日本人の「現金信仰」の根強さを肌で感じてきました。「投資は怖いから、銀行に預けておくのが一番安心」――そうお考えの方は、依然として少なくありません。

確かに、額面の金額が減らない銀行預金は、心理的な安心感を与えてくれます。しかし、経済の現場に身を置くプロの視点から申し上げますと、「現在は、何もしないこと(貯金のみ)こそが、確実なリスクになる時代」へと突入しています。

本日は、なぜ今、貯金だけでは資産を守れないのか。そして、私たちはどのようにして大切なお金を防衛すべきなのか。

社会情勢と経済の仕組みに基づき、インフレと資産防衛の基礎知識について、じっくりと解説いたします。


なぜ貯金だけでは危険なのか?インフレと資産防衛の基礎知識

1. 日本円の価値は下がり続けている

「お金の価値」とは何でしょうか。

それは、そのお金で「何がどれだけ買えるか」という購買力のことです。

もし、あなたがタンスの中に100万円をしまっていたとします。10年後、その100万円の額面は変わりませんが、世の中の物価が上昇していたらどうなるでしょうか。

例えば、今は1個100円のリンゴが、10年後に200円になっていたとします。

  • 現在: 100万円で、1万個のリンゴが買えます。
  • 10年後: 100万円で、5000個のリンゴしか買えません。

額面の「100万円」は減っていませんが、「買えるモノの量」は半分になっています。 これが、インフレ(インフレーション)による通貨価値の実質的な目減りです。

日本は長らくデフレ(物価が下がる現象)の時代が続いたため、「現金の価値は変わらない、むしろ上がる」という感覚が染み付いている方が多いかもしれません。しかし、近年の原材料価格の高騰や円安の影響により、私たちの身の回りの食料品、エネルギー、サービス価格は明らかに上昇トレンドに転換しました。

厳しい言い方になりますが、「日本円という現金だけを持っている」ということは、「日本円の価値が下落するリスクを、資産の100%で負っている」という状態なのです。

2. 銀行預金の金利 vs 物価上昇率

次に、銀行にお金を預けている場合を考えてみましょう。「銀行に預ければ利息がつくから大丈夫」とお考えでしょうか。ここで重要になるのが、「実質金利」という考え方です。

実質金利は、以下の式で簡易的に求められます。

【 実質金利の計算式 】

実質金利 = 名目金利(銀行の金利) - 物価上昇率(インフレ率)

現在の日本の状況を当てはめてみましょう。

大手銀行の普通預金金利が仮に 0.001%(近年変動がありますが、長らくこの水準でした)、物価上昇率が政府目標でもある 2.0% だと仮定します。

0.001% - 2.0% = -1.999%

計算結果はマイナスです。これは、銀行にお金を預けているだけで、毎年約2%ずつ資産の実質的な価値が削り取られていることを意味します。

項目数値(例)意味
銀行金利+0.001%預金通帳の数字はごくわずかに増える
物価上昇▲2.000%モノの値段が上がり、お金の力が弱まる
実質価値▲1.999%何もしなくても資産が目減りしている

かつて、ゆうちょ銀行(当時の郵便貯金)の金利が数%以上あった時代は、預けておくだけでインフレ率以上のリターンが得られ、資産は増えました。しかし、現在は構造が完全に逆転しています。

「元本保証」という言葉は、あくまで「額面の数字が減らない」ことを保証するだけであり、「インフレから資産の価値を守ること」までは保証してくれないのです。

3. 「守りの投資」が必要な時代

ここまでのお話で、貯金だけでは資産が目減りしていく現実をご理解いただけたかと思います。

そこで必要になるのが、これまでの「お金を増やすための攻めの投資」というイメージを捨て、「お金の価値を維持するための守りの投資」へと意識を変えることです。

欧米の家庭では、資産の一部を株式や債券、不動産などで保有するのが一般的です。これは彼らがギャンブル好きだからではありません。「現金で持っているだけでは損をする」という金融リテラシーが根付いているため、インフレ率と同じか、それ以上に成長する資産にお金を移しているのです。

「守りの投資」のゴールは、一攫千金ではありません。

「世の中の物価が2%上がるなら、自分の資産も平均して2%以上成長させる」

これを目指すことこそが、現代における最も堅実な資産管理です。

具体的には、企業の成長に伴って価値が上がる「株式」や、金利収入が得られる「債券」、あるいは物価上昇に強いとされる「金(ゴールド)」や「不動産」など、現金以外の資産(アセット)を持つことが、インフレに対する防波堤となります。

4. 資産を分散してリスクを回避する方法

では、具体的にどのように資産を防衛すればよいのでしょうか。

最も重要かつ、プロが必ず実践している鉄則が「分散投資」です。

一つのカゴにすべての卵を盛るな(Don't put all your eggs in one basket)という格言をご存知でしょうか。これは、すべての資金を一つの対象(例えば日本円の貯金だけ、あるいは特定の会社の株だけ)に集中させると、何かあったときに資産全体が大きなダメージを受けることを警告しています。

資産防衛のための分散には、主に3つの軸があります。

① 資産(アセット)の分散

値動きの異なる複数の資産を組み合わせます。

  • 日本円(現金): すぐに使える生活防衛資金として必須。
  • 株式: インフレに強く、長期的な成長が期待できる。
  • 債券: 株式よりリスクが低く、定期的な利子収入が見込める。
  • コモディティ(金など): 有事の際やインフレ時に価値が上がりやすい。

これらを組み合わせることで、例えば「株が下がったときに債券や金が上がり、全体としての傷を浅くする」といった効果が期待できます。

② 地域の分散

日本国内だけでなく、世界経済全体に投資します。

日本は少子高齢化で経済縮小が懸念されますが、世界全体を見れば人口は増え続け、経済は成長しています。

「全世界株式」などの投資信託を活用すれば、1本で世界中の企業に分散投資ができ、「日本円の価値が下がった(円安になった)ときには、外貨建て資産の価値が上がり、資産全体を守る」という為替リスクの分散効果も得られます。

③ 時間の分散

一度に大金を投じるのではなく、毎月定額をコツコツと積み立てます(ドル・コスト平均法)。

価格が高いときは少なく買い、安いときは多く買うことになるため、長期的に見ると平均購入単価を抑える効果があります。これにより、「高値掴み」のリスクを平準化できます。


おわりに:第一歩は「現状を知る」ことから

「投資は怖い」という感情は、誰もが抱く正常な防衛本能です。

しかし、本記事で解説した通り、「見えないインフレという敵」によって、あなたの貯金は今この瞬間も静かに浸食されています。

これからの時代、本当の意味で資産を守るためには、現金の比率を適切に管理し、一部を「成長する資産」へと置き換えていく作業が不可欠です。それは決して、一攫千金を狙うような危険な行為ではなく、自分と家族の未来を守るための、極めて理性的で真面目な行為なのです。

まずは、ご自身の資産が現在どのような配分になっているか、そして生活防衛資金(何かあったときのための現金)を除いた余剰資金がどれくらいあるかを確認することから始めてみてください。

金融の世界には「リスク」という言葉がありますが、これは「危険」という意味だけではありません。「結果の振れ幅(不確実性)」を指します。適切な知識を持って分散投資を行えば、この振れ幅をコントロールし、インフレに負けない強い家計を作ることができます。

今日という日が、皆様の資産形成における「守り」を固める第一歩となることを願っております。


【FPからの次のステップ】

まずは、ご自身の家計における「生活防衛資金(生活費の3ヶ月〜6ヶ月分)」が確保できているかを確認してください。その上で、もし余剰資金が銀行預金に眠っているようであれば、インフレ対策として少額から始められる「つみたてNISA」などの非課税制度について、情報収集を始めてみてはいかがでしょうか?

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